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福岡地方裁判所小倉支部 昭和47年(ワ)868号 判決

原告

松本裕文

被告

今村昌

ほか一名

主文

被告らは各自、原告に対し金五五二万四七八七円およびこれに対する昭和四五年一一月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

原告のその余の請求を棄却する。

訴訟費用はこれを五分し、その一を原告の負担とし、その余を被告らの負担とする。

この判決は第一項に限り、原告において、被告らに対し各金五〇万円の担保を供したときは、その被告に対し執行することができる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告らは各自原告に対し金七一四万九〇六四円およびこれに対する昭和四五年一一月二八日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  第一項につき仮執行宣言。

二  被告ら

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  敗訴の場合担保を条件とする仮執行免脱宣言。

第二当事者の主張

一  原告の請求原因

1  事故の発生

(一) 事故の日時、昭和四五年一一月二七日午後一一時頃

(二) 場所、北九州市八幡区折尾大膳国道上

(三) 事故車、被告今村昌所有(北九州五に九三―〇三)

(四) 事故の態様

原告は、事故当日の午後七時三〇分頃、被告高橋が被告今村所有の前記自動車を運転して来てドライブに誘うので、被告高橋の運転する同自動車に同乗し、北九州方面から福岡方面に向い本件事故現場に差掛つたところ、同高橋が中央線を超えて運転していたため、訴外勝木靖興の運転していた自動車と正面衝突をし、よつて、同乗中の原告に対し顔面広範囲挫創、舌挫創、左眼球破裂、虹彩脱出、外傷性白内障、右眼糸状角膜炎等の傷害を負わせ、もつて、左眼視力障害および関節障害(無水昌体眼)の後遺障害(第九級)を生じさせるに至つた。

2  責任原因

(一) 被告高橋

本件事故現場附近は、道路工事中であり、上り坂の左カーブ地点であつたから、このような道路を運転する自動車の運転手としては、徐行するのは、勿論中央線を超えないようにし、かつ前方を十分注意して、対向車との衝突事故を未然に防止すべき注意義務があるのにこれを怠り、漫然と従前の時速六〇キロの速度のままで進行し、かつ、道路の中央線を超えて運転していたため、同カーブで、福岡方面から北九州方面に向け進行して来ていた前記訴外人の運転する自動車と正面衝突をなして本件事故を惹起させたものであつて、右は被告高橋の過失に基くものであるから、同被告は民法第七〇九条に基き責任がある。

(二) 被告今村の責任

被告今村は本件事故車の所有者であつて、これを自己のため運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法第三条の責任がある。

3  損害

(一) 治療関係費金二〇万二七〇〇円

原告は本件事故による傷害のため昭和四五年一一月二七日から同年一二月一日まで太田整形外科で通院治療、同年一二月一日から同月三〇日まで大島眼科病院に入院、同四六年一月から同年三月一五日まで同病院に通院、同年三月一六日から同年四月二日まで再度入院して治療を受けたが、その間の治療関係の費用として次のような費用を支出した。

(1) 通院費 金八万一〇〇〇円

(眼科)折尾・博多間往復一五回金七万五〇〇〇円一回につき五〇〇〇円)

(外科)折尾・黒崎間金六〇〇〇円(一回につき二〇〇〇円)

(2) 入院雑費 金六万四二〇〇円

入院期間四八日、一日金三〇〇円

(3) 付添看護費 金三万四五〇〇円

付添期間二三日、一日金一五〇〇円

(4) 眼鏡代 金二万三〇〇〇円

(二) 家族の交通費 金一二万五四〇〇円

原告の本件事故のため、日向市に居住する原告の父が二回、母が三回、姉が六回北九州市八幡区まで出て来たが、その汽車賃一回につき三四〇〇円、宿泊費一回七〇〇〇円(二泊)、タクシー代等雑費一回一〇〇〇円合計金一二万五四〇〇円を支出した。

右は原告の本件事故による損害ということができる。

(三) 逸失利益 金五五三万〇九六四円

原告は本件事故当時九州共立大学建築学科に在学中の者であつたが、前記後遺障害のため、左眼の視力は〇・〇三と極度に低下し、片眼となつたが、この視力不均衡のため建築殊に製図、設計等に大きな支障を来すことになり、建築関係の就職が危まれ、これを断念せざるを得ない状態にある。

しかして、原告は大学卒業時の年令二四才から以降六三才までの三九年間稼働可能であるところ、前記後遺障害等級九級の労働能力喪失率は三五パーセントであるから、原告の大学卒業時における平均賃金六万一八〇〇円(昭和四四年賃金センサス)を基準にして、右労働能力喪失に基く逸失利益を算定すると、金五五三万〇九六四円となる。

(四) 慰藉料 金二〇〇万円

原告は本件事故のため前記のような傷害を負い、かつ前記のような後遺障害のため、従来から希望していた建築会社への就職も断念しなければならない状態であり、その精神的苦痛は計り知れないものがあり、その傷害ならびにその後遺障害の程度等を勘案するとき、その慰藉料としては金二〇〇万円が相当である。

(五) 弁護士費用 金六〇万円

原告は本件訴訟を弁護士敷地隆次に委任し、その着手金として金一〇万円を支払い、成功謝金として金五〇万円を支払う旨約束したが、右は本件事故による原告の損害ということができる。

4  以上、原告は本件事故により合計金八四五万九〇六四円の損害を被つたが、被告らから金一三一万円の弁済を受けたので、これを右損害額から差引くとその残は金七一四万九〇六四円となる。

5  よつて、原告は被告ら各自に対し、右金七一四万九〇六四円およびこれに対する本件事故の翌日である昭和四五年一一月二八日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  被告らの答弁ならび抗弁

1  請求原因1および2の事実はいずれも認める。

2  同3は不知。

なお、原告は逸失利益の算定につきホフマン式計算方法により算定しているが、現今の貨幣資本は六ケ月または一年毎の複利で利殖ないし運用がなされているのが普通であるから、その逸失利益の算定につきライプニツツ方式によつて算定すべきである。

3  また、原告はいわゆる好意的同乗者であるから、本件損害賠償額を定めるにつき、これを五割程度減額すべきである。

第三証拠〔略〕

理由

一  請求原因1および2はいずれも当事者間に争いがない。

二  そこで原告の損害につき判断する。

1  治療関係費

〔証拠略〕を総合すると、原告は本件事故の結果、顔面挫創、舌挫創、左眼球損傷、虹彩脱出、外傷性白内障等の傷害を受け、昭和四五年一一月二七日から同年一二月一日まで太田整形外科で通院治療、同日から同年一二月三〇日まで大島眼科病院に入院、同四六年一月から同年三月一五日まで同病院に通院、同月一六日から同年四月二日まで同病院に再度入院して治療を受け、その間、治療関係費として、

(一)  通院費用

(1) 大島病院における通院治療のため折尾から博多まで一五回通院したこと。

(2) 太田整形外科における通院治療のため折尾から黒崎まで三回通院したこと

が各認められるところ、右(1)の通院費用としては、折尾から博多までの汽車賃および駅から病院までのタクシー料合せて一回につき金八〇〇円位が相当と認めるので、合計金一万二〇〇円、同(2)の通院費用としてはタクシー代一回につき一〇〇〇円が相当と認めるので合計金三〇〇〇円、以上合計金一万五〇〇〇円が、右通院に要した損害と認めるのが相当である(もつとも、原告は右通院費用として合計金八万一〇〇〇円を支出した旨主張するが、前記認定以上に通院費用を支出したことについてはこれを認めるに足りる資料はないので、右認定を超える分については理由がない)。

(二)  前記大島眼科病院における入院雑費

右大島眼科病院入院期間四八日の入院雑費としては一日金三〇〇円、合計一万四四〇〇円が相当である。

(三)  付添看護費

前記大島眼科医院における入院期間のうち、二三日間位付添人を必要とし、原告の母および姉がその付添をしたことが認められるところ、その付添費としては一日金一五〇〇円、合計金三万四五〇〇円が相当である。

(四)  眼鏡代

原告は、本件事故により眼を損傷したため、眼鏡の着用を必要とし、その費用として金二万三〇〇〇円を支出したことが認められる。

2  家族の交通費等

〔証拠略〕によると、原告が本件事故により大学在学中で独身の原告が前記の如く大島眼科病院に入院したため、原告の安否を気遣い、見舞い付添い等のため日向市に居住する原告の父が二回、母が三回、姉が六回、同市から原告の住居であつた北九州市八幡区まで出掛けて来たことが認められるところ、原告の本件事故による受傷に対し、原告の肉親がその安否を気遣い遠路見舞い付添い等に出てくることはその情としてやむを得ないところであり、そしてその汽車賃としては一回につき金三四〇〇円、宿泊費は一回につき金三〇〇〇円が相当な額であると認められるので、その合計金七万〇四〇〇円は、本件事故による原告の損害ということができる。

3  後遺症による逸失利益

〔証拠略〕によると、原告は本件事故当時満一九才で、九州共立大学建築学科一年に在学中のものであつて、将来は建築施行関係の仕事に従事する希望であつたが、本件事故による受傷のため、従来一・五の視力のあつた左眼の視力が〇・〇一となり、その視力の回復は全く不可能であつて、そのため、著しく将来の労働能力を喪失し、前記就職も危ぶまれる情況にあることが認められる。

しかして、右後遺障害による労働能力の喪失率は原告主張の如く三五パーセントを下らないものであると認めるのが相当であるところ、原告は昭和四九年四月大学卒業後満六〇才に至るまでの三七年の稼働期間中右同率の労働力を喪失したというべきである。そして、労働省労働統計調査部の調査の結果によると、大学卒業者の全産業の全国平均賃金の一ケ月の収入は原告主張の金六万一八〇〇円を下らないことが明らかであるのでこれを基準にして、右期間における労働能力喪失に基く逸失利益をホフマン式計算方法により算定すると、その現価は金四七七万七四八七円となることが明らかである。もつとも、被告らは、現在における貨幣資本の利殖は、複利で運用されるのが普通であるので、本件逸失利益の算定については、複利割引法であるライプニツツ方式により算定すべきである旨主張する。なるほど、金銭の利殖は複利で運用されていることが普通であるけれども、本件は不法行為によつて生じた損害の填補を目的とするものであつて、金銭の利殖を目的とするものではないから、被告ら主張の如くライプニツツ方式によらなければならないものではなく、当裁判所は損害賠償額の算定については、従来から一般に採用されているホフマン方式によるのを相当と考える。よつて被告らの右主張は採用しない。

4  慰藉料

〔証拠略〕によると、原告は本件事故のため左眼外斜視となつていることが認められ、この事実と前記の如き本件事故による傷害の程度および後遺障害の程度ならびに本件訴訟に顕われた一切の事情を斟酌するとき、原告が本件事故により多大な精神的苦痛を被つたであろうことが推認されるところ、その苦痛に対する慰藉料としては金一三〇万円をもつて相当と認める。

5  弁護士費用

〔証拠略〕によると、原告は本件訴訟を弁護士敷地隆光に委任し、その着手金として金一〇万円を支払い、成功報酬として金五〇万円を支払う約束をしたことが認められるところ、本件における請求認容額ならびに本件訴訟の難易等を総合するとき本件における弁護士費用としては金六〇万円を相当と認めるので、右は本件事故と相当因果関係のある原告の損害ということができる。

三  なお、被告らは、原告はいわゆる好意的同乗車であつたから、本件損害賠償額につきこれを減額すべきである旨主張するので判断するに、〔証拠略〕によると、本件事故は、被告高橋が被告今村から本件自動車を借り受けて、かねてから知合であつた原告をドライブに誘つたので、原告がこれに応じて、被告高橋運転の本件自動車に同乗し、被告の運転するままにドライブをしている中に発生したものであることが認められる。

しかし、いわゆる好意的同乗車として損害賠償額減免の間題が論議される所以は、好意的に他人を無償で自動車に乗せ、相手の指示に従い目的地に運送する途中事故が発生したような場合、正義、公平の理念に照し、同乗者の損害賠償請求を制限しようとするものである。したがつて無償の好意的同乗が、運転者の知らないうちに乗込んだとか、酔つて無理に乗込んだとか、ヒツチハイクで無理に乗せてもらつたとか等その他専ら同乗者の利益においてのみなされているような場合は格別、無償同乗であるのみをもつて同乗者に対する安全配慮義務が減免されるものと解することはできないばかりでなく、本件においては前記の如く、原告が本件自動車に同乗したのは、被告高橋からドライブに行くことを積極的に誘われたためであつて、むしろ原告において受身の立場にあり、その同乗が原告の利益のためにのみなされたものではないし、正義の理念に照し、原告の賠償請求を制限するのでなければ公平の原則に反すると認められる特別の事情があるとも認められない。

よつて、本件においては好意的同乗者として、原告の損害賠償額を減ずべき相当性を認めることができないので、被告らの前記主張は採用しない。

四  以上のとおりであるので、原告の本件事故による損害は合計金六八三万四七八七円となるところ、原告が被告らから金一三一万円の弁償を受けたことは原告において自認するところであるので、これを右損害額から控除すると、その残は金五五二万四七八七円となることが明らかである。

五  そうすると、被告高橋は民法第七〇九条により、また被告今村は自動車損害賠償保障法第三条により、各自、原告に対し前記損害合計金五五二万四七八七円および本件事故の翌日である昭和四五年一一月二七日以降完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払義務があるものというべく、したがつて、原告の本訴請求は右の限度において正当であるからこれを認容することとするが、その余は失当であるのでこれを棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条、第九一条、第九三条を、仮執行の宣言につき同法第一九六条を適用し、なお、被告らの仮執行免脱の宣言を求める申立は相当でないのでこれを付さないこととし、主文のとおり判決する。

(裁判官 原政俊)

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